それから後、ファラスの丘でのことは正直あまり覚えていない。
 ただ夢の中にいるみたいで、信じられないくらい幸せで、胸がいっぱいだった。
「そろそろ戻ろうか」
 陽が傾き始めた頃、アレンがそう言った。
 帰りの馬車に乗る前、ふと振り返ったノエルの瞳にあの樫の木が映った。他の景色は曖昧なのに、その木だけは鮮明に記憶の中に残った。
 その木の下で願ったことは叶うという不思議な樫の木。
 ノエルにはまるでそれまでに叶えてきた様々な願い、たくさんの人々の想いが形になって出来た木のように思えた。
「さあ」
 差し出された手にハッとしてノエルは馬車に乗り込んだ。
 寄り添いながら馬車に揺られ、二人が宿の部屋に戻った時にはすでに空は紺色に変わり始めていた。
「ノエル」
 アレンはノエルの左頬を優しく包み込みながら呼びかけた。耳に響くその声はこれまでと同じはずなのに、今の彼女にはどこか違って聞こえた。
 ノエルは彼の手にすり寄るようにして瞳を閉じた。
 やがて温かなものが唇に触れる。何度か軽く触れ、そして次第に深くなっていく。
「……ん…」
「ノエル……君が欲しい」
 その言葉にノエルは驚いたように瞳を開いたが、恥ずかしそうに目を伏せると小さく頷いた。
 アレンは赤く染まったノエルの頬を指でなぞり、再び口付けを落とした。先ほどよりも深く、角度を変えて何度も重ねてくる。
「…っ……は…」
 息も出来ないほど深い口付けにノエルは苦しげな息を漏らした。その少し開いた隙間から舌を入れ、たどたどしく応えようとする彼女のそれを絡め取る。
「……んっ…」
 ようやく離れた唇は休むことなくすぐさまノエルの首筋に移動し、その滑らかな肌を滑っていった。ぞくりと背筋が震えた。
 彼の唇が耳から首筋、そして胸元へと降りていく。
 アレンの手が胸の膨らみを包み込んだ瞬間、ノエルは思わず体を引いてしまった。
「……怖い?」
 アレンは一度手を止めるとノエルの頬に軽い口付けをしてそう訊いた。
「怖かったら言って。君が望まないことをするつもりはないから」
 決して無理強いをしようとはしないその心遣いは嬉しかった。
 確かに初めてのことだし、怖くないと言ったら嘘になる。けれど、ここで止めて欲しくはなかった。

―― ずっと……想ってきたんだもの… ――

 初めて会った時、心を奪われた。優しくされるたび、その想いは深くなっていった。
 そのアレンがいま、ようやく自分を求めてくれている。打ち震えるノエルの心の中は "怖い" より "嬉しい" の方が遥かに大きかった。
 頬を赤らめたノエルが小さく首を横に振ると、頭上からふっと小さく笑う声が聞こえた。
「分かった」
 アレンの言葉が聞こえたのと同時にノエルの体が宙に浮かんだ。
「きゃっ」
「もう止めてあげられないからね」
 そう言ったアレンの瞳はひどく熱っぽく、そして見たことがないくらい甘やかだった。
 抱き上げられたノエルはその瞳から逃れるようにアレンの胸に顔を埋めた。そしてそのままベッドまで運ばれると彼女はそっとそこに降ろされた。
 古めかしいベッドの軋む音が部屋に響く。シーツの上に横たえられて服を解いていく間も、ノエルは目を伏せたままでいた。
 アレンは甘い笑みを浮かべながらノエルの唇を軽くついばむと、彼女の白く滑らかな肌に手を滑らせた。その手の後を追うように彼の唇が肌を這う。
「……っ…」
 アレンの唇が通り過ぎたあとには薄紅色の花びらのような跡が散りばめられていた。
 形のいい柔らかな膨らみに直に触れ、やわやわと揉みしだく。それからその頂を吸うようにして口に含むとノエルの体がびくりと震えた。
「……あっ…」
 可愛らしい声が思わず零れ、ノエルは恥ずかしそうに顔を背けた。が、すぐにアレンの手で優しく戻される。
「……ノエル……こっちを見て…」
 耳元で囁く声に頭の奥が痺れたようにぼうっとする。ノエルは熱に浮かされたような瞳でアレンを見つめた。
 その視線に誘われたようにアレンの指が彼女の隠された場所に触れた。何度も往復され、次第に潤いが増していく。
「…や……あ…っ…」
 蜜が溢れるそこにゆっくりと指が沈められるのを感じ、ノエルは捩るようにして身を動かした。
 信じられないところから聞こえてくる小さな水の音が更なる羞恥を掻き立てる。だが、アレンが指を動かすたび、ノエルの体は素直な反応を返した。
「……あ…っ……あっ…」
 滑るように中を擦る指の数が増え、圧迫感が増した。若干の痛みがあったものの、すぐに快楽の波に飲み込まれていく。
 その指が奥に触れた時、ノエルの体が一際大きく跳ねた。逃れようとする彼女を押さえてアレンの指がその一点を執拗に責めた。
 内側から湧き上がってくる感覚に怖さを感じ、ノエルは思わずアレンの腕にすがった。
「……アレ……ン…」
「大丈夫……怖くない…」
 なだめるような優しい声の直後、ノエルの中にあった指がぐいっと曲げられた。弱い場所を押し上げられ、ノエルの頭は真っ白になった。




 ベッドに沈み込んで肩で息をしているノエルの頬をアレンは優しく撫でた。
 軽く昇りつめてしまったらしい彼女の肌は桜色に上気しており、その姿がより一層アレンの劣情をあおった。

―― まいったな…… ――

 ファラスの丘で己の気持ちを自覚した後、溢れる感情を抑えるのは困難だった。
 気付いてしまえば自分でも呆れてしまうくらいノエルへの想いは大きいものだった。何故、いままで気付かずに過ごしてこれたのか不思議なくらいだ。
 あの時、泣きながら微笑んで答えてくれたノエルが愛おしくてたまらなかった。
「大丈夫かい?」
 そう尋ねるとノエルは恥ずかしそうにしながらもアレンと視線を合わせ、それから微かに首だけを動かして頷いた。
 アレンはノエルの紅潮した頬に優しく口付けると、十分潤っている場所に高ぶった己を押し当てた。ノエルの表情を窺いながらゆっくりと進めていったが、途中で彼女の眉がきゅっと寄せられた。
「……っ…」
 苦しそうな呼吸がアレンの耳に届く。
 なんだかひどく無体なことを強いているように感じられ、アレンは一度そこで止めるとノエルの顔を覗き込んだ。
「……今日はもう止めようか?」
 別にいま急いで繋がらなくとも時間ならこれから先、いくらだってある。いまならばまだ残っている理性を総動員させれば止めることは出来るだろう。
 しかし、ノエルが返した言葉はアレンのその最後の理性を簡単に奪い去っていった。
「…平……気…だから……やめ…ないで…」
 痛みに耐えながらも健気に微笑みかけるノエルに、アレンは完全に落とされた。

―― もう……抑えられない… ――

 ノエルの唇を貪ると華奢な腰を掴んだ。半端に入ったままになっていたものをぐっと奥に押し込めると彼女の体が強張った。
「……い…っ…」
 それを緩めようとアレンの指が繋がったところに触れた。ノエルの体がびくりと跳ね、その一瞬に奥まで全てを沈め込む。
 彼女の中は狭く、そしてとても熱かった。
 ノエルの瞳に溜まっていた涙が一筋零れ、アレンはそれを掬うように目尻に口付けをする。
「……ノエル…」
 どちらからともなく手を繋ぎ、指を絡め合わせる。それからゆっくりとアレンは動き始めた。無理はさせないように、けれど少しずつ速さを増していく。
 初めは痛みを堪えていたようなノエルの声が次第にそれだけではない甘さを含み始めた。
「…っ……はっ…あ…」
 掠れた小さな声がやけに艶っぽい。
 どのくらい時間が経っただろう、部屋の中に響くのはベッドの軋む音と互いの弾む息遣いだけだ。
「…ん…あっ……ふぁ…」
 ノエルはすでに何度か高みに昇り、そしてアレンもまた限界が近付いていた。打ち込む速度を速め、ついにその体を強張らせた。
「…あっ…っ……ああっ…」
「……くっ……は…」
 ノエルの中に全てを吐き出すとアレンは彼女の体をぎゅっと強く抱き締めた。それからゆっくりと体を離し、桜色の頬をそっと撫でた。
「ごめん……無理をさせたね…」
 すまなそうに眉を下げてそう言うアレンに、ノエルはふっと微笑んで首を振った。
「……すごく幸せ……夢みたい…」
「夢じゃないよ」
「……そう…ね…」
 ノエルの瞳が眠たそうにとろんと下がったと思ったら、すぐに小さな寝息が聞こえてきた。腕の中で微睡まどろむノエルをじっと見つめ、アレンは心底愛おしそうに微笑んだ。
「ゆっくりお休み……愛してるよ…」
 眠りを邪魔しないように囁くとその唇にそっと口付け、それから柔らかな体を抱き締めてアレンも瞳を閉じた。






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