彼女が自分の元に戻ってきてから三ヶ月。屋敷の中はいつもと変わらず平穏な時間が過ぎていく。
 療養しているなどと嘘を言った手前、しばらくは湖畔の屋敷にいてもらうしかなかったティナリアをようやく迎えに行ったのは王都で再会してから二週間後のことだった。
 そのおかげであまりにも違うティナリアの様子に屋敷の者たちは驚いたものの、ルークの嘘に気付くことはなく、何事もなかったかのように二人はここに戻って来れたのである。
 しかし、ティナリアがそばにいてくれる喜びを噛み締めながらも、ルークにはひとつだけ気になることがあった。
 視線の先に彼女の後ろ姿を見つけるとルークは静かに近付いて行き、窓の外に目を向けてぼんやりとしているその背中に声をかけた。
「ティナリア」
 呼びかける声に振り向いたティナリアは、ルークの姿を認めるとほんの少しの悲しみを瞳の奥に隠して、申し訳なさそうに微笑んだ。
「何か考え事か?」
 そう問うルークに向かってティナリアは首を振った。
「ぼんやりしていただけです」
 こんな時、決まって彼女はこう答える。
 けれどそれは嘘だろう、とルークは思っていた。いつも彼女が見つめているのは港町ラロシェがある方角だったからだ。

―― あいつのことを思い出しているのか…… ――

 彼女が幼い頃からずっと恋い慕っていた男の姿を思い出し、ルークは渋い顔をした。
 ティナリアの心が自分にあるのはもう分かっている。"愛している" と言ってくれた彼女の気持ちを疑う訳でもない。
 アレンを思い出しているとしても、優しい彼女のことだ。おそらくは彼が無事でいるのかを案じているだけであろう。
 ティナリアとアレンを引き離した償いとして、それくらいのことは許してやるのが当たり前だと分かってもいるが、それでも面白くないというのがルークの本心だった。

―― こんなに独占欲が強かったとはな ――

 自分でも呆れ返ってしまうほどティナリアの心を独り占めしたかった。
「何か用事でした?」
 ティナリアの声にハッとして、ルークは渋面を崩した。
「いや、用はないが顔が見たくなった」
 そう言って抱きしめてやると、ティナリアの腕が静かにルークの背中に回される。こうした仕草のひとつひとつが二人の距離が縮まった証のように思えた。
 彼女の頬に優しくキスをしてからその唇にもそっと触れる。
微笑わらって」
 唇を離しながら言うと、ティナリアは照れたように小さく微笑んだ。その笑顔を見てルークも満足そうに口元に笑みを浮かべた。彼女が微笑むだけで花が咲いたようにぱっと辺りが明るくなるような気がする。
 このままずっと眺めていたいが、これから執務で出かけなくてはならない。ルークは惜しむようにもう一度頬にキスするとシルクのような金の髪を撫でた。
「今日は早めに帰るようにする」
 半ば自分に言い聞かせるかのようにそう言うと、大人しく頭を撫でられていたティナリアが嬉しそうに頷いた。
 思いがけずそんな顔をされて後ろ髪を引かれる思いだったが、もう時間がない。彼女の優しい瞳に見送られてルークはその部屋を後にした。




「……ルーク…」
 言葉通り、早めに戻って来たルークは夕食を済ませるとすぐにティナリアを連れて寝室へと閉じこもった。
 困ったように見上げてくる彼女の瞳がルークの本能を刺激する。
「おいで」
 互いの吐息が溶けそうなほど熱い口付けを交わした後、甘く優しい声でそう言うとティナリアは自らこの腕の中に入ってくる。
 そんな彼女を愛おしく思いながら、ルークは華奢なその体を抱き締め、白い首筋に紅い花びらを残していった。
「ん……」
 首を竦めるようにしながらティナリアの口から声が零れる。
 その声に触発されたのか、ルークはいきなり彼女の体を抱き上げて寝室へと向かった。手で開けるのも面倒だという風に扉を蹴って開けると奥にあるベッドにティナリアを下した。
 シーツに縫い付けられたティナリアは恥ずかしそうに瞳を伏せている。
 もう何度も数えきれないほどこうして抱いているのに今だ慣れないのか、その仕草がまたルークの征服欲を掻き立てる。
「こっちを見て」
 ゆっくりと上がったティナリアの瞳はすでに熱っぽく潤んでいる。
「口を開いて」
 瑞々しい果実のような可愛らしい唇に触れながらルークが囁くと、躊躇ためらいがちに開いていく。その唇に深く口付けると僅かに開いた隙間からルークは舌を侵入させる。
 始めは逃げるように、けれど次第に応えてくる彼女の舌をたっぷりと堪能しながらルークは彼女の服に指をかけた。相変わらずシンプルな服はそのまま少し横に引いただけで彼女の肩からするりと外れる。
 ルークは開いた胸元から手を入れて柔らかな膨らみを掴むとやわやわと揉み始めた。
「…っ…」
 ルークの口の中にティナリアの吐息が呑み込まれていく。それで満足するはずもないルークはもう片方の手でするすると裾をたくし上げて滑らかな肌に手を滑らせていた。
 すでに潤っているその場所に触れると、ティナリアの体が小さく震えた。
「……っ…ん……」
 焦らすように優しく撫でるルークの指に翻弄され、ティナリアの呼吸が段々と苦しげに変わってきた。それを見計らって、ルークはようやく彼女の唇から離れた。それと同時に彼女の切なげな声が零れてくる。
「…あっ……」
 ティナリアの中へと指を滑り込ませると、彼女の一番弱いところを責めていく。充分に潤っているそこは水の音を立てながら彼の指を奥へ奥へといざなっていった。
「や……あ…」
 小さく首を横に振りながらきゅっと目を瞑り、呼吸を乱す彼女の姿を見ながらルークはふとあることを思った。

―― そういえばティナリアから求められたことはないな ――

 元々、男と女ではこういったことに対する考えや思いは違うのだろうが、女に一切の情欲がないとは言えないはずだ。今までに抱いた女だってそうだった。
 拒まれることはなくなった。けれど求めるのはいつもルークからであって、ティナリアから求められたことは今までに一度もなかった。
 体を繋げたいと思うのは想い合う夫婦であれば当然のことではないのだろうか。これではまるで未だにルークだけが彼女を欲しているようだ。
 そのことに若干の不満をもったルークの心に、意地の悪い考えが浮かんでくる。

―― 求めてくるまで抱かずにいるか ――

「…っ……あっ…」
 中で動かすたびに素直に反応を返すティナリアをじっと見つめながら、彼女が達する寸前でルークは指を抜いた。
 もちろん自分にも我慢を強いることになる。逡巡したルークだったが、それでも彼女から求められてみたいという思いが勝った。
 指を抜いた瞬間、彼女の体がビクッと小さく跳ね、とろんとした瞳がルークに向けられた。
「……ルー…ク……?」
 色香を放つその表情はルークの劣情を駆り立てたが、それを我慢して彼はティナリアの唇にそっとキスをした。
「今日はもうおしまいだ。続きは明日」
「え?」
 突然のことに驚いているティナリアの服をある程度着せ直すと、彼女の体を抱きしめて横になった。
「ほら、もう寝るぞ」
「………」
 ティナリアは不思議そうに瞳をぱちくりとさせてルークの顔を見ていたが、その視線に気付かないふりをしてルークは目を瞑った。
 しばらくして本当にこれ以上する気がないことを悟ったティナリアはおずおずとルークの体に身を寄せた。
 彼女の柔らかな肌に触れているだけですぐにでも続きをしたい気が起きる。だが、ルークは必死に堪えてひらすら眠ったふりをした。
 そして次の夜も、その次の夜も、ルークは指や舌でティナリアを押し上げながらも中途半端に終わらせる、そんな愛撫だけを繰り返した。

―― 物足りないと俺を求めてくればいい ――

 体にものをいわせる卑怯なやり方だが、これ以外にティナリアが自分を求めてくることなんてないような気がしていた。






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