西日の射す部屋の中にひとつに重なった二人の影が長く伸びている。
 恐怖に固まるティナリアを抱き上げて寝室に向かうと、ルークは彼女をベッドに放り投げた。起き上がろうとするティナリアの腕をその上から再び押さえつける。
「いやっ……放し…っ…」
 ティナリアの唇を塞ぎ、荒々しいキスを何度も繰り返す。噛みつくようにその瑞々しい唇を貪りながら、ルークはティナリアのドレスに指をかけた。
 屋敷内で着るティナリアのドレスはどれもシンプルで、いま着ているそれも例外ではない。いとも簡単に白い肌がルークの目の前に晒された。
「や……やめて!」
 ティナリアはルークが片手を離したことで自由になった左手で、彼の胸を押し返すように何度も叩いた。だがティナリアの力などルークにとってはなんてことはない。一向に止まる気配はない。
 窓から入り込んだ傾きかけた陽の光がティナリアの白い肌を薄くオレンジ色に染めていく。ルークは想像以上の美しさに目を奪われ、その肌に顔を埋めた。
 ルークの唇が首筋へ這っていくとティナリアは首を縮めて精一杯の拒絶を示した。生温かい舌の感触にぞくリと身を震わせる。
「……や……っ……」
 執拗に首筋を攻め続けながらルークはさらにドレスを脱がせると、露わになった胸のふくらみに手を滑らせた。きめ細かなティナリアの肌は絹のように柔らかく、触れれば吸いつくようにぴたりと手に馴染んだ。
 そのまま手のひらでもてあそぶように揉まれ、色付いた頂きがルークの口の中へと消える。舌で舐められ、時折、刺激を与えるようにそれに軽く歯を立てられて、ティナリアは背を走る感覚に訳も分からず首を振った。
「……あっ…っ………やあっ……」

―― 怖い………怖い…怖い…… ――

 初めて目の当たりにした "男" の本能に為す術もなく怯える自分の肌に落ちる漆黒の髪。白い肌は少し吸っただけで紅色に染まり、ルークの唇が這ったあとには紅い跡が点々と残っている。まるで花びらを散らしたようだった。
 ベッドに倒されて暴れたせいでドレスは捲れあがり、すらりとした足が露わになっている。ルークはドレスの裾からもう片手を入れると、太ももから次第に上へとその手を這わせていった。
「いやっ……いやあっ!」
「黙れ」
 ティナリアの叫び声はルークの唇に遮られ、息も出来ないほどに深く口付けられた。
「んん……っ…っ……んぅっ…」
 その間もルークの手は休むことなくティナリアの肌を這い回り、下着を剥ぎ取ると隠されていたその場所に指を滑らせた。ルークに口付けられたまま、ティナリアの体がびくんと跳ねる。
「ふっ…っ……んんっ…」
 ティナリアは恐ろしさのあまり、ルークの唇に思い切り噛みついた。ルークが痛みにぱっと唇を離すと、その下にあるティナリアの瞳には涙が浮かび、先ほどよりも強い恐怖の色が映っていた。
 一瞬瞠目したかのように見えたルークだったが、すぐに眉根を寄せ、不機嫌そうな顔になる。しかしティナリアはそんなことに気付ける状態ではなかった。
「やめ……や…あっ……あっ…」
 まだ潤いの少ないそこに指を入れるとティナリアは顔を歪ませて声を上げた。慣れていないその中で少し指を動かせば、そのたびにティナリアの体は素直に反応を返してくる。
「ずいぶんと甘い声を出すんだな」
「いっ………っ……やっ……」
「そうやってアレンという男にもその声を聞かせたのか」
 少し掠れたようなルークの声には嫉妬が色濃く滲んでいる。中をいいようにかき回され、ティナリアは胸を上下に動かしながら苦しそうな短い呼吸を繰り返した。
「は……っ…あっ……や……め…っ…」
 ティナリアの心とは裏腹にルークの指に次第に慣らされていく体は少しずつ潤いを増していく。朦朧とする頭の中に指が動くたびに聞こえてくる水の音が響いていた。

―― どうし……て…… ――

 嫌なのに体が勝手に反応する。防衛本能といえばそれまでかもしれないが、まるで自分の体が知らないものに変わってしまったみたいで恐ろしかった。
 十分に潤ったところでルークがその指を抜くと、ティナリアの体が僅かに震えた。
 身に纏うもの全てを取り去られても隠す余裕すらない。力の入らない足を掴まれてぐっと大きく開かされると、その間にルークの体が割って入ってきた。
「……お前は俺のものだ…」
 そう言ってルークは自分の欲望をティナリアの中に沈めていった。
「やああああっ……っ…」
 ティナリアの悲鳴のような叫び声が部屋の中に響き渡った。体を引き裂かれるような痛みに霞がかっていた意識が戻ってくる。

―― 助けて……アレ…ン…… ――

 そのまま奥へと押し込んで全てをティナリアに沈めると、ルークの手がそっと彼女の頬に触れた。
「力を抜け。辛いだけだ」
 低く囁くように耳元で告げると、ルークはゆっくりと動き出した。次第に激しくなっていく動きには最早手加減などない。がっしりとしたベッドがルークの動きに合わせてギシギシと鈍い音を立てている。
「…いっ……っ…っ……あっ……」
 ルークが動くたび、体を貫くような痛みが襲いかかってくる。
 頬を伝う涙は痛みのせいなのか、それとも恐怖のせいなのか、ティナリアはもう何も考えることが出来なくなっていた。




 女を抱くのはただの性欲処理の為だけだった。愛だとかそういった感情は一切持っていなかったし、これまで嫉妬されることはあってもルーク自身が嫉妬することなど一度としてなかった。
 だが、ティナリアを組み敷いたいま、彼の心には確実に感じたことのない感情が湧きあがっていた。
 空気を震わせるような悲痛な叫び声と打ち込んだその中の思いがけない狭さにルークは一瞬躊躇った。ティナリアが無垢なままだということに気付いたからだ。
 だが、もう止めることは出来なかった。

―― 抱かれてはいなかったのか…… ――

 自分だけがこの体を抱くことが出来るのだと思うと、余計に感情のコントロールが不可能になった。
 ルークは涙を流すティナリアの姿を見つめた。優しくしてやりたいと思う気持ちと、もっとひどくしてやりたいと思う嗜虐的な感情が交互に浮かんでくる。
「…っ……はっ……あ…あっ…っ…」
 ティナリアの苦しげな甘い声がルークの劣情に火を点ける。
 例え恐怖や憎しみだけだったとしてもいまこの瞬間、ティナリアの心を占めているのが自分だという事実に気持ちがさらに高揚していった。
 初めから嫌われていたところにこのような仕打ちをしたのだ。今更優しくしたってもうどうにもならない。それならばいっそのこと、もっと憎むように仕向けてやればいい。

―― アレンという男のことを想う隙間もないくらい、俺を憎めばいい…… ――

 ルークはくらい笑みを浮かべた。
 ティナリアの心を占められるのであればたとえそれが憎しみだろうとかまわない。追い詰めて追い詰めて、自分という存在をその心に刻みつけてやろう。
 乱れたシーツの上に波を打つように広がったティナリアの金の髪が沈む間際の夕陽に照らされ、ルークは眩しそうに目を細めた。そしてその髪を一度だけ梳くように撫でると彼女の細い腰を掴み、深く打ちつけた。
「…やあっ……あっ…ああっ……」
 痛みに耐え切れず涙を零しながら声を上げるティナリアはいつもより少し幼く見え、しかしそのアンバランスさが余計に色気を際立たせていた。
「ティナリア」
 息も荒く掠れた声でティナリアの名を呼んでみるが、彼女の耳には届いていないようだ。ティナリアはきつくシーツを握りしめたまま、焦点の定まらない瞳で宙を見つめている。
「…い…っ……っ……あっ…」
「……俺の名を呼べ」
 ルークはティナリアが未だに一度も彼の名を呼んだことがないということに気付いていた。そして呼んでほしいと思っていたことに初めて気付いた。
 いまここで自らの名を呼んだのならば止めるまではいかずとも、優しく抱いてやることくらい出来たかもしれない。だが、ティナリアの口から出たのは違う名だった。
「…っ……あっ……ア…レン……」
 うわ言のように何度もつぶやき続けるその名前にカッとなったルークは我を忘れたようにさらに激しく腰を打ち付けた。初めてでなくても気を失ってしまいそうなほどの激しさだ。
 ティナリアの苦しそうな甘い声が次第に悲鳴のようなものへと変わっていく。
「やあぁっ……っ…あっ……いっ…ああっ……」
「お前を抱いてるのは俺だ」
 そう言って深く突き上げるように動かすと、ティナリアの体が弓形ゆみなりに反った。そして一瞬後、彼女の体から一気に力が抜け、再びベッドに沈んだ。

―― 気を失ったか…… ――

 それでも昂った気が治まらないルークは、再びその体を愛撫し始めた。そしてティナリアが目を覚ますと貪るように彼女を貫いた。
 陽が落ちてもルークがその行為を止めることはなく、薄暗くなった部屋の中にはベッドの軋む音とティナリアの苦しそうな声だけが響いていた。
「も……やめ…っ………あっ…やあっ…」
 尽きることのないその欲望を打ち込み続け、一体何度気を失わせたか分からない。そのたびに揺さぶり起こして現実に引き戻すと、再び苦痛を与え続けた。
「……くっ……ティナリア…っ……」
 ようやくルークが落ち着いた時にはティナリアは完全に意識をなくしていた。ぐったりとベッドに横たわり、身動きひとつしない。 
 ルークは気を失っているティナリアにシーツをかけてやると涙の流れた跡を指で拭きとり、その唇にそっとキスをした。行為の間中、ずっと食いしばっていたのか、彼女の唇からはほんの少し血の味がした。

―― これで完全に俺を憎むようになるだろうな…… ――

 けれどルークは人形のような瞳でいるティナリアよりも、憎しみだろうと恐怖だろうと感情が見える彼女を見ていたかった。そして生まれて初めてどんなことをしてでも心を奪いたいと思った。
 この日、ルークは自分がティナリアに惹かれていることをはっきりと自覚した。




 朝、目が覚めたときにはルークの姿はなく、シーツをかけられた状態のまま、ひとり彼の寝室に取り残されていた。
 目を開けることすらひどく億劫で、ティナリアは再びその目を閉じた。自らが作った暗闇の中で昨夜の光景がフラッシュバックのように次々と甦ってくる。
 最後のほうには痛みはもうなかったけれど、麻痺してしまった体の代わりに心が切り裂かれるみたいに痛んだ。ティナリアに出来ることはあの地獄のような行為が一秒でも早く終わるのを願うことだけだった。
 あの痛みと恐怖を思い出すと無意識のうちに体が震えてくる。深く息を吸い込んで気持ちを落ち着かせるとなんとか体を起こした。が、自分の姿を見てティナリアはさらに呆然とした。
 一糸纏わぬ白い肌には咬み痕とも言えそうなほどくっきりと残された紅い印が浮かび上がっていた。
「……っ…」
 嗚咽がこみ上げ、ティナリアは口元を手のひらで覆った。夢ではないという証拠を見せつけられて目の前が真っ暗になる。

―― 私……本当に… ――

「……アレ…ン……ごめんなさ……っ…」
 ティナリアは小さな声で呟き、声を殺して泣き続けた。だが、どんなに泣いてももう元の体には戻らない。優しく慰めてくれるアレンの温かい手もない。
 無理やり組み敷かれたとはいえ、その行為はアレンを裏切ってしまったことに変わりない。
 どうしてもっと警戒しなかったのだろう。どうしてもっと抵抗しなかったのだろう。どうしてもっと――――――。
 後から後から取り返しのつかない "どうして" が溢れてくる。ティナリアは隙を見せた自分を責め、最後まで許してしまった自分の体を呪った。

―― もう……嫌…… ――

 ティナリアはしばらくの間そうして泣いていたが、よろめきながら立ち上がるとそばに置いてあったドレスを身に着けた。
 ルークの匂いが残るこの部屋から一秒でも早く出て行きたかった。それに下腹部の違和感があまりにも気持ち悪い。ティナリアは鈍く痛む体を引きずるようにして部屋を出ると自室へと向かった。






孤城の華 TOP | 前ページへ | 次ページへ






inserted by FC2 system